流行性肝炎を見つけた肝臓先生

投稿者: | 21/01/28

 天城先生は宮城県色麻町のご出身ですが、縁あって昭和3年に伊東に開業されます。
まだ伊東に鉄道もない時代です。当時の伊東は、全国から長期療養に来る温暖な療養地で、
天城診療所も初めは呼吸器病の患者ばかりでした。

 それが昭和7年の満州事変以来、流行性感冒の患者に肝臓肥大の多いことに気づきます。
さらに、昭和12年に支那事変が始まった頃から肝臓肥大の人が急増し驚きます。
 しかも症状は風邪だけでなく、肺炎チブス心臓病胃腸炎赤痢など様々であるのに、
どの患者も肝臓が肥大していて、肝臓の治療をすると他の症状もすっかり良くなったというのです。

 このような肝臓疾患にかかると数年のうちには、軽重の違いはあっても
家族全員がこの病気にかかってしまう
また、肝臓病による淡い黄疸のせいで2~3年のうちに、
色白だった日本人の皮膚の色がみんな小麦色になってしまった!そうです。

 二千例に上がる患者を扱った結論として、
天城先生は流行性肝炎と名付け、世間にも注意を促しますが
なかなか理解されず長年四面楚歌のなかで苦労されたのです。 

 どんな病気でも肝臓が悪いというので、初めは肝臓医者と揶揄されました。
ところが、どんな有名な病院で診てもらっても治らず、原因もわからず
あきらめかけた人達が、肝臓先生の治療で劇的に回復していくのです。
天城診療所に通ってくる患者さんが増え、先生のお人柄もあって
肝臓先生と尊敬されて呼ばれるようになっていったのです。

 「肝臓先生」は初版が昭和28年に発行された本です。
もちろんインターネットも無い時代です。
すべて、ご自身の診療経験のみからの推察です。新型コロナウイルスを経験した今、
改めて過去の経験がどれほど大切かを考えさせられますね。