祐親親子は、工藤祐経の家来に待ち伏せされます。
先に通った祐泰が射抜かれて、落馬したのに気づき
駆けつけた祐親も、弓で指を2本射ちぎられ負傷します。
祐泰は息を引き取る前に、見えた二人の敵の名を
祐親に告げたと言います。流石、豪の者です。
祐泰が命を落とした場所は、「河津三郎血塚」と
して伊東市の文化財に指定されています。


古い血塚の案内文が石碑にあります。


今もなかなか風情のある場所です。

この先は整備されて、散策出来るようになっています。

江戸時代からの重要な街道だったのですね。